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理屈vs感覚

寒くなって来たけど、風邪とかひいてませんか?
僕はとっくにひいたので、今では大丈夫です。
咳は出ますが、持病みたいなもんですね。キライじゃない。

そんな僕は最近またたくさん本を読んでます。
漫画もふくめて、ね。

今は、吉本ばなな著『キッチン』なんてのも読んでます。
とりあえず、目に付いたものは読んでいこう、と。

そして今日読み終わったのが
養老孟司・宮崎駿著『虫眼とアニ眼』

まー対談なんだけれども、なんと言うか。
最初はおそらく『養老さんに宮崎さんのアニメを語ってもらおう』
なんて企画だったのかな、とも思う。
もしかしたら『二人が思う共通項』なんてのも考えてたのかな?

で、結局、僕が思うに、この本は
『現代社会で子供たちに憂う事』
について語っている本な気がする。

『子供に対して心配』と言うよりは
『大人が子供に対する態度に影響される子供が心配』と言う感じ。

そして、僕は対談よりも何よりも
養老孟司先生の『宮崎駿論』から広がる現代の憂い…って言葉が正しいか分かんないけど、
養老先生が書かれた部分がとてもよかった。

それを読む為に、この本を買っていいよ、って他の人に勧められるくらい良かった。

そして、もっと自由になろうって思った。
ならなきゃ、じゃなくて、なろう、ね。
それすら縛らない自由さで。

僕は考え方がとても理系的で(実際は文系的だけど、その話はまた別の機会に)
養老先生の言葉を借りれば『理屈』で考える事が多い。
曲作りで言えば『この歌詞が来たら、次はこれだろ?』みたいなのもある。
でも一方で、ふわっ、と歌詞がメロが出る時もある。
んで、結局、ふわっ、と作った方が自分としてグッとくる。
(なんだか擬音が多くて全然理系じゃないね)

まー今までも『どう?この曲良いでしょ?』みたいなのも無くもない。
けど、暫くすると、やらなくなったりする。

そして、例えば本、例えば曲、例えば絵。
それに関しても『俺は何でこれが良いんだろう?』と考える様になってた。

それも養老先生はこう言っている。

『良いものは良い』

全く持って『理屈』じゃないね。
それってステキだと思ったし、それを忘れつつあったな、って思ったよ。

かと言ってすぐに、そうなれるか分からないけどね。
少しづつ、そーなれたら、自然になれたら良いなって思うよ。


だけど、これって、もし、好きな人とか出来た時に…

「君の事が好きなんだ」
「私のどこが好きなの?」
「…何となく。」

って答える事とは違うよね?これ、嫌われちゃうよね?
そんな時には理屈は必要かもね?

言葉は足りない時もあるけど、言葉はやっぱり必要なのでした。

是非、読んでみてね。
もし声かけてくれれば貸す事も辞さないです。
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こーじ

Author:こーじ
愛知県に住んでいる
ギター&ボーカルな人です。

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